神候補、中海修滋(なかうみしゅうじ)と1級天使オガロについて書いていきます。中海くんは物語において重要なキャラクターです。彼はどのような人物だったのか。その目的は何?
目次
プラチナエンド 中海修滋(なかうみ しゅうじ)
13歳の中学1年生です。家族は両親に兄はひとり。母親は職場の若い男と不倫をして家を出ていき離婚。
暗い感じの少年ですね。彼が生きることに絶望していた理由は直接描かれてはいません。ずっと小さいときから人間に絶望していたような雰囲気を醸し出しています。
ついている天使は1級天使のオガロ。闇の天使と呼ばれています。
特級に興味を示さず天界の裏世界を知る唯一の天使です。
プラチナエンド 中海修滋(なかうみ しゅうじ) 赤の矢の使い道
中海くんは赤の矢で「死にたい」と願う人の望みを叶えてあげることにしました。死にたい人間の後押しをしていたのです。それが彼の理想でした。
尊厳死。安楽死。
それを与えることが彼の役割ということにしました。
生きる希望とは生きているものの醜い欲望、煩悩だということに気付きました。だから赤の矢は死にたい人の手助けに使うことにしたということです。
中海くんは殺人に快楽を得るタイプの猟奇性はありません。ただ自殺という選択肢を目の前にしてためらう人の手助けをしたかっただけです。
自殺がなぜダメなのか。
私たちは社会通念上いけないことなんだということは理解しています。でも、それを納得できる形で言語化することは非常に難しいことですよね。
中海くんはたずねます。「なんで自殺しちゃ駄目なのか説明してよ」
明日(みらい)くんはこう答えました。「人間にしかできない最も不幸な死に方だ」
しかし中海くんは納得できませんでした。「不幸?それはあなたの物差しでしかない」
そこで南河くんが言いました。
「すげ~迷惑・・同じ教室の生徒が自殺していなくなったら平常じゃいられない」
「身近に自殺した人がいると、自分に原因があるんじゃないかと考え込んだり、救えなかった自分を不必要に責めたり、何の関係がなくても人の心に爪あとは残す。」
「これ、人に迷惑かけているだろ・・」
中海くんは初めて納得できたと言いました。
ここに中海くんの本質があるように思います。
中海くんの基準は常に他人軸です。極端な部分もありますけどね。
・人に迷惑をかけることはダメ!
・人が死を望んでいるなら手助けしたい。
・自分の欲望のためには赤の矢を使わない。他人にも欲望のためには使わない。
だから死を望んでいるのなら迷惑をかけない自殺の方法。赤の矢を使った自殺ほう助をしていたのです。
プラチナエンド 中海修滋(なかうみ しゅうじ)もうひとつの赤の矢の使い方
赤の矢のルールのひとつは「赤の矢を刺しても、足る理由や意思がなければ、(命令しても)させられないこともある」ということです。
人を殺すということに赤の矢を使った場合、元々死を望んでいた人であれば自殺します。しかし死を望んでいない人は命令しても自殺しません。
中海くんはもうひとつ赤の矢の使い道を発見しました。
それは「赤の矢の持ち主に多大な迷惑をかけた人間に「死ね」と言うと自殺する」ということです。
中海くんの母親は家族を捨て、不倫していました。そこで中海くんは母親に赤の矢を刺して「死ね」と言ったら家族を捨てたことを謝りながら死んだということです。
ここでハッとしたのが、赤の矢を刺された明日(みらい)くんを虐待していた叔母さんが、明日くんが「あんたたちが死ねばいいのに・・」と言った瞬間に自殺したシーンがありましたよね。
あのシーンは最初、赤の矢を刺されるとその人のことを好きになるから、好きな人から死ねと言われると言われた通り死ぬんだ!と思っていました。
でも、赤の矢のルールでは相応の理由がないと命令してもその通り実行するとは限りません。
虐待叔母さんは自分が死にたいとは思っていなかったはずですよね。
そういえば何でだろ????って思っていたのですが、やっとわかりました。
明日くんに迷惑をかけていた、悪いことをしていたという自覚は多少あったみたいですね。
納得しました。
プラチナエンド 中海修滋(なかうみ しゅうじ)と米田教授
中海くんは米田教授に賛同しました。元々米田教授の出した書籍を全部読んでいたので米田フリークだったわけですから当然です。
米田教授の考え方。
"神は人間が創り出した偽りのもの。クリーチャー(偽りの神)だということ。ならば、もうこの世界に神はいらない。
我々神候補が神になることを拒否することで、神はいないということを宣言するということ。"
中海くんは神をこの世からなくせば、自殺の手助けができなくなります。なのになぜ米田教授の考えに同意したのでしょうか。
神の存在を信じ、それが希望や救いとなって生きている人たちはどうなるのか?
中海くんは言いました。
「不運を神のせいにできない、懺悔して許しをこえない。祈っても何も変わらない。すがるものがなくなっても自分で打開する力もない。それこそ人生に絶望して自殺するしかない」
中海くんの思想は一貫しています。
死にたい奴は死ねばいい。
生きていても希望が無くなれば死にたくなる。
中海くんが神にならなくても、いずれそうなる。
だからこそ米田教授に共感していったのでしょう。
プラチナエンド 中海修滋(なかうみ しゅうじ)とオガロ
闇の天使オガロが神について教えてくれたことがあります。
・まず神選びはなかったことにできる。
・その上で神候補だった者に翼や矢を与えたままにしておくことも可能
・神自身は白の矢、赤の矢を制限なく使える
・つまり人間を意のままに動かすことができ、果ては人類を終わらすことさえできる
・神は地上から去り、天使たちと天界で人類を見守る
それが神だということです。
地上にはいられない、ということ。
明日くんも咲ちゃんも手毬さんも神になって理想の世界が創れたとしても、自分がそこにいなきゃ意味がない。この世界で幸せになりたいと言いました。
しかし中海くんだけは地上、つまり人間界に何の未練もありませんでした。
物語の終盤で、米田教授は「私は死にとりつかれていた!」と言いました。その意図は死を望んでいたのではないということではないでしょうか。
中海くんはどうだったのか。
中海くんの希望こそ「死」だったのではないか。そんなことを思いました。